トップページ > 韓国・朝鮮編 > | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
『データで見る植民地朝鮮史』トップへ 植民地期の年表を見る
従軍慰安婦 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
被害者は朝鮮のみならず中国、東南アジア、オランダ、そして日本本土自身にも広がっていました。まとめ@ 意に反した強制があったのは事実。A 当時の日本国内法に照らしてすら違法な事案もあった。 B 軍人が直接拉致に関与したケースもインドネシアで確認され、裁判になっている。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この件については、歴史修正の試みが激しいこともあって、既に情報を提供してくれるサイトがいくつもありますので、ここではそのご紹介に留めたいと思います。 FIGHT for JUSTICE 日本軍「慰安婦」──忘却への抵抗・未来への責任 入門編のページに、あらましの解説があります。関連サイトへのリンクもあります。 日本軍慰安婦 被害者e-歴史館(韓国政府) 日本語ページもあります。 南京大虐殺・従軍慰安婦を「なかった」ことにする歴史修正主義者の「嘘」を一次史料にもとづき徹底論破する〜岩上安身による能川元一氏インタビュー 元朝日新聞記者・植村隆氏に岩上安身が2度目のインタビュー 職場への脅迫、嫌がらせを受けた植村氏へのIWJインタビュー記事。 「従軍慰安婦問題」決着ーー泥さんが、右派のウソを元から断つ 公文書からみるスマラン事件(白馬事件)、他の解説 占領下のインドネシアで日本軍軍人がオランダ人たちを連行して性行為を強要した「白馬事件」の解説です。 日韓外相会談の「最終的解決」について2015年12月28日、ソウルで日韓の外相が会談し、従軍慰安婦について両国政府間においては次のように決着すると発表しました。 太字の箇所が両政府の約束です。
この合意について、もろもろ不充分であるという指摘がなされています。例えば、慰安婦への強制性について言及がない、など。 批判はひとまずおいて、まずはこの合意で何が実現しているかを整理してみます。 日本政府のスタンス 軍の関与を認めた。 多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた事を認めた。 日本政府の責任を認めた。 以上を表明したうえで、「心からおわびと反省の気持ち」を表明した。 日本政府の責務 全ての元慰安婦の名誉と尊厳の回復のための事業を行う。 全ての元慰安婦の、心の傷の癒やしのための事業を行う。 韓国政府の責務 日本政府の上記事業に協力する。 日本政府が責務を履行する前提で、今後、本問題について互いに非難・批判することは控える。 少女像については、適切に解決されるよう努力する。 日本政府・与党は二度と蒸し返すな1993年に河野洋平・内閣官房長官談話が出され、軍の関与や強圧的募集は既に確認されていました。 念のため、河野談話をここに収録しておきます。
こうしてみると、2015年の外相会談における「お詫び」は、河野談話のディテールを切り捨てて大枠のみ継承し、同じ事を言っているだけである事がわかります。 ではなぜもう一度謝罪する事になったのか。それは、安倍一派をはじめとする連中が、この河野談話を陰に日向に否定してかかったからです。 そうでありながら、韓国はゴールポストを動かした、永遠に謝罪させるつもりか、等々の逆ギレな批判が澎湃として沸き起こりました。 ゴールポストを動かしたのは日本の歴史歪曲主義者たちです。再び謝罪する羽目になったのは、一度なされた謝罪を取り消そうと策動したからです。 今般、その張本人である安倍晋三は、「子孫を未来永劫謝罪させない」云々と吹いています。 そもそも謝罪すべきは政府であって「子孫」ではなく、政府と個人を故意に混同させ国家主義に誘導するレトリック自体が非難されるべきですが、政府に限って言っても、将来の後継者に再び謝罪させたくなければ、二度と帳消しにしようと策動させない事が何よりも重要です。 そこで今回、「日本政府が責任を認め謝罪」「全ての元慰安婦の名誉と尊厳の回復をはかる」と約束されました。 これが政府にとってファイナルです。ここから一歩でも日本側が道を踏み外せば、日本側が合意を破った責を負います。 韓国側が「非難、批判をしない」のも、日本政府がこの約束を守る前提で、と明確に宣言されています。 今後、日本側からのいかなる歴史歪曲の試み、「慰安婦は売春婦」といった名誉・尊厳を毀損する言動も、この日韓外相合意を日本側から破る蒸し返しとなります。とことん掣肘してまいりましょう。そのうえで、元慰安婦の方々の名誉・尊厳を回復するには何が必要か、議論を詰めていくことが望まれます。 駐韓日本大使館前の「少女像」について安倍政権が必死になってどけようとしているソウル日本大使館前の平和碑、いわゆる「少女像」ですが、実際のところはこんな感じです。 像は概ね等身大です。 等身大の少女は、さほど大きくはありません。 道路全体の景色としてはせいぜい上のような按配で、知っていれば何物であるか気づく程度の地味な存在であり、決して大使館や通行人に圧迫を加えるような巨大なモニュメントではありません。 また足元の銘板も右の如く、現在未解決である事を直接非難するような激しい文言ではありません。たとえこの問題が「最終的に解決」したとしても、残しておいて左程さしつかえがあるものとは思われません。 更に言えば、この写真を撮影した2015年10月現在、路上に看板や横断幕をかけて何事かをアピールする景色がソウル都心部の至るところで見られました。 中にはテントを張ってがんばっている人も居ました。 路上でそのように主張を訴える事が、ソウルにおける言論の作法なのだと見受けます。であれば、その作法に照らして、この少女像が「違反」と言えるのかどうか、少女像だけを撤去しろと言えるのか、私にははなはだ疑問です。 いったい何が悲しくて、安倍政権とその取り巻きはこんな慎ましい少女像ひとつに青筋を立ててうろたえるのかな。 おそらく連中は、慰安婦の存在そのものを歴史から完全に消し去ってしまいたいのでしょう。 しかし、それは実に虚しい試みです。日本と違い、世界は歴史を忘れません。 もし韓国当局が強引に路上から少女像をどかせば、水曜デモのたびに移動少女像がトラックに乗って走り回ったり、ソウル市内の他の場所に少女像があふれたりするだけではないかと想像します。力で黙らせる事ができるのは、日本の臣民だけです。 そもそも、2015年の外相会談の合意において、少女像の撤去は約束されていません。 韓国政府の約束は「適切に解決されるよう努力する」所までです。 結果として撤去されなくても、文句のつけようは全くありません。 かくも歴史を直視できない愚かな日本政府を見つめるように、今日もまた少女像は取り壊しを待つ旧日本大使館の前に独り寂しくたたずんでいることでしょう。 広島の原爆ドームと同じようなものだと思えばいいじゃあないですか。 見たくないと言えば言うだけ無様です。 『データで見る植民地朝鮮史』トップへ 植民地期の年表を見る |