1945年への道

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このサイトを作った意図

 一言で言えば、「デタラメばかり検索エンジンに引っかかってヒド過ぎる」というのが作った理由です。

 歴史を洗浄して都合よく書き換えようとする試みは全て、事実が明らかになれば敗北する運命にあります。わざわざ自ら墓穴を掘りに行って要らぬ負け戦を起こさないよう事実をきっちり抑えて、隣近所ふくめ世界と仲良くやろうよという事です。

 私は四半世紀にわたり海外ビジネスを生業としてきました。新人の頃はお客さんの中に日本の侵略を直接体験した人がまだまだ現役だった事もあり、歴史を知らずに海外に出て不用意な言動を行うことは到底許されない状況でした。歴史を洗浄したくても生き証人が多過ぎて、あまりに素っ頓狂な話は世の中に通じようがなかったものと思います。
 しかし、日本帝国が世界中から袋叩きに遭って無条件降伏してから70年が過ぎ、戦争や戦前世界の体験者も殆ど鬼籍に入られつつあります。リー・クァンユー・シンガポール元首相のように、自分は日本軍に危うく殺されるところだった、という人に出会う機会はもう殆どないでしょう。それに比例して、いくらなんでもそりゃないだろうという代物も含め、歪んだ歴史認識が大手を振って世の中に出回るようになってきたと感じています。

 「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目になる」という有名な言葉があります。西ドイツ(当時)のワイツゼッカー大統領が、第二次大戦終結40周年のスピーチで述べた言葉です。
 過去の過ちに背を向けるなら、再び過ちを繰り返すだろう──これは歴史に限らず、サプライヤ評価や品質管理など事業活動においても常識とされているセオリーです。不良品を納入したのに過ちを認めずごまかし方便の挙句、もう水に流してくれと後から言ってくるような納入業者と、誰が取引を続けるでしょうか。
 国も社会も同じ事です。
 その国のあり方を決めるのは国民一人一人の選挙の投票だし、社会を形づくるのは私たち一人一人の行動の積み重ねですから、最後には国民一人一人の歴史認識や姿勢が積み重なって国をも左右することになります。

 日本という国が19世紀末から20世紀半ばにかけて、アジアでよろしからぬ仕打ちを働いたのは揺るがぬ事実です。
 しかし、近現代史を全然知らない人が私の周囲にあまりに多いことに気づき、これでは乾いたスポンジに水が浸み込むごとくデタラメがまかり通ってしまうではないかと非常に危惧しています。歴史を知らずして、戦前の日本は良い事をしたなどと口をすべらすようでは、世界中から総スカンを食ってつまみ出される事にもなりかねないし、最悪の場合、往年の過ちを再び繰り返す所まで行くでしょう。

 そうならないようネット上の”よりまともな”情報を少しでも積み上げるべく、このサイトの作成を思い立った次第です。
 願わくば専門家の方々にこそ、従来の「知」の流通形態にこだわらずどんどんネット上に展開して戴きたいのですが、市民一人ひとりにも石をひとつ積み上げる事くらいはできる、ということで、自分も復習がてら改めてまとめてみようと思う次第です。


作者について


 東京出身、50代。
 大学卒業以来四半世紀ほど、輸出畑で仕事をしていました。
 これまで10カ国以上を訪問していますが、海外在住経験はありません。
 遠い昔、共通一次試験(今はセンター試験っていうのかな)の日本史で90点取りましたが、かなり忘れています。

 最近は久しぶりに図書館の空気を吸って、リフレッシュしています。


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