資料:南方に於けるインフレーションの問題
1943年12月9日 日本銀行文書
出典: 日本銀行調査局編集 『日本金融史資料 昭和編 第30巻』 戦時金融関係資料(四) 大蔵省印刷局発行、1971年
三五四〜三六〇ページ
アジア太平洋戦争で日本が占領した東南アジア地域を軒並み襲った激しいインフレについて、日本銀行が1943年12月にまとめたレポートの全文を、史料として転載します。
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インフレの主因として、日本への輸出超過、駐屯日本軍の戦費調達、輸入依存品の現地生産不振、の3つを挙げています。
そのうち最も大きな要因が日本軍による通貨撒布、特に戦費の現地調達による撒布であるとも指摘しています。
文中指摘されていますが、東南アジアに侵攻した日本軍は、当初は日本から送り込んだ軍票で、1943年4月からは日本帝国が設置した通貨発券銀行、南方開発金庫からの借金で戦争資金をまかなっていた事が記されています。
※本史料中、南方開発金庫は「南発」と略されています。
これだけ酷いインフレを日本本土に波及させなかった仕組みについても触れられています。簡単に言えば、送金や両替などに厳しい制限をかけていたからです。
泰はタイ国、昭南はシンガポール、比島はフィリピン、緬甸はビルマ(ミャンマー)、蘭印・東印度は現在のインドネシア。燐寸はマッチです。
太字、下線は私が付加したもので、原典にはありません。カタカナ→ひらがな、接続詞等の漢字→ひらがなの変更等は、本サイトのトップページにご案内の通りです。
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(一) 通貨ならびに物価の状況
(イ) 各地域通貨発行高の状況
南方各域に於ける最近の通貨発行高は、邦貨換算にて仏印約6億5千万円、泰国約5億5千万円、南発券18億円、占領地在来通貨約12億円、合計約42億円に上り、大東亜戦争直前に比し2倍強の増加を示し居れり、
尤も占領地に於ては、在来通貨は退蔵せられ居るもの多く、また南発券発行高中には委託支金庫および軍ならびに一般銀行の手持分、本行に保管の引換用のもの等をも含め居るを以て、右在来通貨と南発券の全部が市場に流通し居る次第にはあらざるも、
最近半ヶ年間に於ける南発券発行高の増勢は特に顕著なるものあり。
更に今後ビルマ作戦の進展に伴ひ、泰・ビルマをはじめ南方一般に軍費調達を原因とする通貨膨張の傾向は一層拍車を加へるものと思考せらる。
なお占領地の一部に於て在来通貨は南発券に対し或る程度のプレミアムを生じ居る模様なるが、右は主として戦局その他の政治上の原因に基くものにして、インフレ問題の対象として論ずることは妥当ならざるものと考へらる。
(A) 南方各地域通貨流通高の戦前との比較 (単位 千銖・比弗・留比・比・弗・楯)
(転載者註:千銖=バーツ[タイ]、比弗=ピアストル[仏印]、留比=ルピー[ビルマ]、比=ペソ[フィリピン]、楯=グルデン[蘭印])
|
戦争直前 |
18年9月末 |
比較増減 |
泰
仏印
ビルマ
比島
マライ
北ボルネオ
東印度
軍票(南発券)
|
297,300
279,600
266,000
241,900
210,000
15,000
618,000
0
|
概算 550,000
〃 650,000
160,000
206,000
213,000
13,000
634,000
1,820,000
|
252,700
370,400
-106,000
-35,900
3,000
-2,000
16,000
1,820,000
|
計 |
1,927,800 |
4,246,000 |
2,318,200 |
(B) 軍票(南発券)発行高 (単位 千円)
|
昭和18.4.1現在 |
昭和18.9.30現在 |
比較増加 |
% |
楯 券
弗 〃
比 〃
留比〃
磅
|
333,247
218,126
156,625
270,662
53,050
|
537,265
384,937
347,808
497,011
53,050
|
204,018
166,811
191,183
226,349
0
|
61.2
76.4
122.8
83.6
0
|
計 |
1,031,710 |
1,820,071 |
788361 |
76.4 |
(ロ) 各地域物価の情勢
占領地に於ける物価の騰勢は最近漸次激化の趨勢にあり、
全地域を通じ食品は現在生産比較的潤沢なる一方、配給制ないし公定価格制が効果的に行はれ、騰勢緩慢なるも、
衣料品・日用品等、従来主として輸入に依存せるものは著しき昂騰を示し、騰貴率もストック量の多寡と統制の強弱に依り地域別あるいは商品別に頗る乱調子なり。
殊に、昭南およびビルマ奥地は他地域に比し甚しく、例えば石鹸・マッチの如き戦前価格に比し十倍二十倍に昂騰、総平均指数も5倍に達し居り、
また従来他地域に比し騰貴率比較的軽微なりしジャワに在りても、最近その上向歩調侮り難きものあり、
更に物価昂騰に伴ひ賃銀指数もまた上昇歩調にあるが、家庭労働者に比し一般労働者賃銀の昂騰顕著なるものあるは注目に値ひすべし
泰・仏印についても情勢は同様にして、衣料日用品等外国依存性強く物価の自律性を欠き、かつ配給機構の不整備や統制力薄弱等のため物価対策の効果も挙らず、例へば泰国に於ては戦前に比し捺染ポプリン22倍、ビール20倍、釘27倍の昂騰振りを示し居り。
南方占領地物価指数 (戦前価格を100とす)
地域 |
主食品 |
副食品 |
衣料品 |
日用品 |
総平均 |
調査年月 |
マライ
スマトラ
北ボルネオ
ジャワ
ビルマ |
昭南
メダン
クチン
ジャカルタ
ラングーン |
161
201
124
101
86
|
323
270
110
122
245 |
285
214
155
148
248 |
1573
278
109
447
933 |
483
307
128
183
463 |
18
〃 〃 〃
17 |
4
1
3
4
12 |
(二) インフレの原因
南方各地域のインフレ原因としては種々挙げ得べきも、その主要なるものとしては本邦への輸出超過・駐屯軍の軍費調達・現地生産の不振など何れも今次戦争に直接関係を有するものなるが、右のほか現地住民が一般に智識の程度低く、経済統制困難なる上に、貯蓄心希薄にして撒布資金の吸収見るべきものなきこと等も、現地インフレ惹起の重要なる理由となり居れり。
(イ) 本邦への輸出超過
昨年中に於ける日泰貿易は、輸入1億6千万円(うち米1億千万円)、輸出6千万円、差引入超1億円にして、
日仏印貿易は輸入2億2千万円(うち米1億千万円)、輸出1億4千万円、差引入超8千万円に上りたるも、
本年に入り泰国は昨年秋の洪水に依る米の出廻減ならびに輸送関係逼迫の為、本邦の外米手当は主として仏印に切替へらるることとなりたる結果、泰米輸入激減し、日泰貿易尻は9月末現在にて反対に4千6百万円の出超に転じ、他方日仏印貿易も船腹不足の為わずかに2千5百万円の入超を示し居るに過ぎず。
然るに、対南方占領地貿易(軍の直接消費に充つる為の輸入を除く)は、
昭和17年中が戦争直後なりし関係上輸出2千3百万円、輸入4千2百万円、差引入超18百万円と極めて貧弱なりしも、
本年8月末に於ける年初来累計は船腹不足の状況にも拘らず輸出5千3百万円、輸入1億82百万円、差引入超1億2千9百万円と激増し、戦争直前1ヶ年間に於ける同地域よりの入超額1億5千万円に肉薄しつつあり。
本邦の対南方貿易は、周知の如く泰仏印に対するものは交易営団を通じ、占領地に対するものは軍の買取輸出入を通じ価格差調整が行はるる仕組にして、前記輸出入価格は夫々内地に於けるFOBまたは到着価格を以て計算せられある関係上、本邦の対南方諸地域よりの入超額が南方インフレにどの程度の影響を与へ居るや、之を的確になし得ざるも、軍が直接輸入する物資と合せ、相当重要なる影響を与へたることは否み難し、
各地域別貿易の内訳を掲記すれば左の如し
本邦の対南方各域貿易 (単位 千円)
|
輸出 |
輸入 |
入超 |
17年 |
18年8月 |
計 |
17年 |
18年8月 |
計 |
泰 |
66,461 |
74,881 |
141,342 |
167,174 |
31,746 |
198,920 |
57,578 |
仏印 |
144,379 |
78,147 |
222,526 |
223,712 |
91,007 |
314,719 |
92,193 |
ビルマ |
4,494 |
6,563 |
11,057 |
11,715 |
3,593 |
15,308 |
4,251 |
比島 |
1,328 |
6,545 |
7,873 |
7,472 |
38,008 |
45,480 |
37,607 |
マライ |
1,637 |
7,219 |
8,856 |
3,336 |
68,147 |
71,483 |
62,627 |
蘭印 |
15,732 |
31,519 |
47,251 |
12,751 |
58,879 |
71,630 |
24,379 |
ボルネオ |
516 |
1,119 |
1,635 |
7,265 |
13,442 |
20,707 |
19,072 |
計 |
234,547 |
205,993 |
440,540 |
433,425 |
304,822 |
738,247 |
297,707 |
(ロ) 軍費調達額
南方に於ける軍費調達は泰、仏印に於て夫々協定にもとづき日銀および正金(転載者註:後の東京銀行)に於ける泰国銀行および印度支那銀行の勘定へ国庫金を振込むことに依り、また占領地に於ては従来軍票を現送したるも、本年4月以降、南発よりの借入金に依ることとなれり。
これら諸地域に於ける軍費調達額を掲記すれば左の如し。
(1) 泰および仏印に於ける軍費調達額
昭和17年以降本年11月中旬迄の間に於ける、日泰ならびに日仏印間貸借決済額は総計5億5千万円に上り、うち4億円は軍費調達に因るものにして、これが地域別内訳は仏印1億7千万円、泰国2億2千万円なり。
泰国に於ける軍費調達額が本年下期以降特に急増せるは、ビルマ作戦の進行を反映するものと観るべし。
日泰および日仏印間軍費決済額
|
昭和17年中決済額 |
昭和18年1月以降
11月中旬迄の決済額 |
計 |
泰国
仏印
計 |
78,383
86,000
164,383 |
145,005
92,200
237,205 |
223,388
178,200
401,588 |
(2) 南方占領地に於ける軍費調達額
本年度臨軍会計の南発よりの借入予定額は21億円なるが、本年11月末現在に於ける実際借入額は8億円にして、本制度実施以前に於て軍が直接または南発をして軍票を現地に送付したる額は6億6千万円相当額なるを以て、右両者を合計したる14億6千万円が戦争開始以来に於ける臨軍会計の現地所要経費と見るを得べし。
しかるに、右14億6千万円中には
(A) |
南方占領地とその他各地域との貿易は、臨軍会計を通する軍の買取輸出入に依り行はるる為、南方占領地の出超額に相当する部分は臨軍会計の軍票(南発券)支払超過となり居ること |
(B) |
南発よりの借入金制度実施以前に於ける開発蒐荷資金は、臨軍会計より供給したること |
(C) |
南発よりの借入金中、預金または軍の手持となり居る部分あること |
等の諸事情ある為、うち幾許か軍費なるや之を的確に算出すること困難なるも、作戦行動の活発なる地域がインフレの程度もおのずから大なることより観て、之を包含せる軍の撒布資金が現地インフレの主要原因たることは明らかなり。
南方占領地に於ける臨軍会計所要経費
(一対一にて換算せる邦貨額、 単位 千円)
|
軍票送付額 |
南発よりの借入額 |
計 |
楯 券
弗 〃
比 〃
留比〃
磅 〃 |
155,191
177,933
130,591
171,850
25,483 |
205,000
210,000
155,000
215,000
15,000 |
360,191
387,933
285,591
386,850
40,483 |
計 |
661,048 |
800,000 |
1,461,048 |
(ハ) 現地生産の不振
南方各地域は戦前、米英あるいは本国政府の搾取政策に依り原料供給、生産品輸入など植民地的経済の特色を反映し居りたるが、戦争勃発と共に対外貿易は輸出不能・輸入途絶となり、為に各地域は一般に生産不振に陥り、現地当局は之が打開に関し種々対策を講じ居れるも、資金方面に於て軍費支出を主とする通貨膨張の行はるる半面、物的方面に於て生産の不振に陥りたることはインフレ様相に拍車を加ふるに至りたるものと云ふべく、
他面、生産不振に伴ひ設備の処分、ストックの喰潰しはそれだけ生産業者の手許資金を増加せしむることとなり、
之に依る物資の買焦りは、現地物価高を更に激甚ならしむる悪循環も思考せらるべし。
(三) 南方インフレの本邦に対する影響
南方各地域に於ける通貨膨張ならびに物価高の現況は、既述の如く顕著なるものあり。
これが本邦の物資調達ならびに現地民生の上より観て、影響甚大なるは申す迄もなき所なるが、
これを本邦物価に対する関係より観れば、左記の如く南方に於ける所要資金は原則として現地に於て調達せしむることとし、
また本邦対南方地域間の資金交流も原則としてこれを認めざる方針なる為、直接の影響は遮断せられ居り、
ただ内地ならびに南方に於ける為替管理法令の許容する範囲内に於て、その影響を受くるに止まるものと云ふべし。
(イ) 資金交流の遮断
本邦と南方各地域との資金交流は、本邦ならびに現地為替管理法令の規制するところなるが、
特に占領地域との資金交流は、軍関係のものを除外し、原則としてこれを認めざることとし、僅に例外的措置として、必要止むを得ざるもののみが認められ居るに過ぎず、しかも現地に於ける為替取扱期間はすべて本邦側銀行がこれを掌握し、為替管理の徹底を期し居れり。
(ロ) 交換物資の価格差調整
一国に発生するインフレの影響は、結局為替取引または輸出入商品の価格を通じ他国に波及するものなるが、
前記の如く為替取引を通じ現地インフレが本邦に影響することは厳重に阻止する処置が講ぜられ居る一方、
貿易に付ても臨軍会計を通ずる軍の買取輸出入に依り、本邦と各地域との間に於ける交易物資の価格差はおのずから調整せらるる仕組なるが故に、
仮りに今後本邦輸入物資が現地に於てインフレの影響に依り顕著なる昂騰を示すことありとしても、之は予算上に於ける政府支出の増加に結果するに止まり、本邦へ直接の影響を及ぼすことは無之様考慮せられ居れり。
(ハ) 開発蒐荷資金
従来、開発蒐荷資金は臨軍会計より供給せられたるが、本年4月以降、南発の発券制度開始と共に、開発資金は主として南発より、また蒐荷資金は漸次預金集積の実を挙げつつある本邦側銀行をして放出せしむることとなり、斯くて現地に於ける此種資金の調達は当初より本邦に対し直接の影響なき次第なるも、
開発に当り本邦より資材を供給する必要あるものあり、担当業者がその既存施設等を移駐するものについては代り金送付を認めざる方針なるも、新に南発より円資金を調達し、之を以て開発設備資材を購入、南方に送付するものについては資金的にも本邦に影響ある次第にして、此種貸付金は現在1億3千万円に上り居るが、之は南方経済が本邦に依存する事情より当然のことに属し、之を以て南方インフレの影響が直接本邦に波及するものと云ふを得ず。
(ニ) 軍票の交換
南方渡航者または帰国者等に対する軍票(南発券)の引換を通じ、南方インフレが各地域に影響を及ぼす可能性ある次第なるも、実際問題として一般渡航者は厳選せられ居る為、本邦人以外の往復は殆んどなく、しかも本邦に於ける引換は国庫勘定にて行はれ、軍票(南発券)の支払超過となり居る現状に鑑み寧ろ日銀券収縮に結果し居る次第にして、之を通じ南方インフレの影響が本邦に波及する虞は現在のところ無之ものと観らる。
(ホ) 開発担当者の利益送金
インフレの進行過程に在る場合には、事業者の利益は累増することを通例とし、此の場合その利益の本邦むけ送金を自由に認むることとならんか、南方インフレの本邦に対する影響は尠からざるものありと思考せらる。
現地為替管理当局の利益送金に対する許可方針は、事業担当者の資金状態等より必要と認めらるる場合、例えば社債借入金の元利金または配当金の支払のため南方支社または出張所が送金を為すにあらざれば其の支払に著しき支障を生ずる場合に限定され、右支払資金を南方支社または出張所が分担する場合は総利益に対する各店舗の利益金の占むる割合に依り算出したる金額を限度として送金が認められ居るに過ぎず。南方に於ける事業が目下のところ開発の進展期に在ることは開発資金、蒐荷資金の漸増しつつある事情より明かにして、斯かる過程に在る際に於ては仮りに利益ありとしても之が送金を行ふこと困難とすべく、此の問題は今後開発が大体一段落となり、各事業担当者が収益期に入たる場合に於て真剣なる考慮を要するに至るものと考へらる。
ちなみに本項の会社利益金送金が幾許に上るや、之を的確にすること困難なるも、之を含めたる本邦むけ一般送金ならびに南方むけ送金額を掲記すれば次【上】表の如し
本邦対南方占領地間一般送金
|
本邦向送金 |
南方向送金 |
差引本邦の受入超過 |
自 18. 1. 1
至〃. 6.30 |
16,284 |
8,779 |
7,505 |
〃 7.中 |
5,297 |
1,348 |
3,949 |
〃 8.〃 |
4,574 |
1,297 |
3,277 |
〃 9.〃 |
5,183 |
1,496 |
3,687 |
〃10.〃 |
6,068 |
1,835 |
4,233 |
計 |
37,406 |
14,755 |
22,651 |
1ヶ月平均 |
3,740 |
1,475 |
2,265 |
(四) インフレ対策
現地インフレの原因が既述の如く戦時下やむを得ざる事情に因る所多く、したがって之に対する抜本的対策の樹立は頗る困難なるが、成るべく其の激化を抑へ、悪政インフレに陥れしめざること肝要にして、之が為には過剰購買力の吸収、物資の生産出廻の促進等の外、更に戦局の現段階に於ては開発蒐荷にも再検討を加へ、其の緊要度と現地資材の数量を勘案し、資金放出を一層規正する必要あるべし。
現在実行せられ居る主なる施策次の如し。
(1) 資金面よりの対策
(イ) 資金調整
南方占領地に於ける事業資金計画を確立し、併せて通貨膨張対策として不必要なる資金放出を抑止する等、金融の調整に資する目的を以て現地当局は本年度以降資金調整を実施することとなれり、
之に依れば民間事業者が金融機関より一年度内20万円相当額以上の新規借入を必要とする場合には、事業資金計画に関する認可申請書を作成し、南発支金庫を通じ軍政監に提出するを要することとなれり、南方占領地に於ける開発状況ならびに通貨情勢の現状に鑑み本措置の適切なる運用は其の齋す効果も尠からざるべく思考せらる。
(ロ) 貯蓄奨励
南方占領地本邦側銀行は当局の預金吸収方針に順応し、各種預金利率の一律引上ならびに公私資金の大口支払に対し預金振替払制を極力慫慂実施する外、内地普通銀行の貯蓄業務兼営に呼応し、マライ各地及び北ボルネオ本邦側銀行は9月より貯蓄業務取扱を実施し、其他各地に於ても其の開始を進めつつあり。
また比島・マライ・ジャワ・スマトラ及び北ボルネオの各地郵便貯金業務は占領以来急速に再開せられ、セレベスに於ても近く再開が予定せられ居れり。
最近地方によりては預金利率の引上、貯蓄強調週間等の催も実施せられ、零細預金の吸収と共に極力地方民に対する勤倹貯蓄の奨励に努力しつつあり。
(ハ) 富籤 (転載者註:とみくじ。宝くじの事)
原住民の福利増進ならびに浮動購買力吸収策として、昨年6月比島に於て富籤発売が実施せられたるを契機とし、各地に於て採用せられ、之は原住民の嗜好にも適するものと観られ、相当の効果を挙げ居れり。各地の発売状況左の如し
比島 |
毎月 |
100,000ないし150,000比(ペソ) |
マライ |
〃 |
300,000ないし400,000弗(ドル) |
スマトラ |
〃 |
100,000盾(グルデン) |
北ボルネオ |
毎二ヶ月 |
100,000弗(ドル) |
緬甸 |
毎三ヶ月 |
250,000留比(ルピー)(作戦行動活発の為成績不良) |
ジャワに於ても曩(さき)に第一回300,000盾を発売し、最近第二回500,000盾を発売することとなり居れり。
(ニ) 給与統制令
マライ・スマトラ・ジャワ・北ボルネオの各地に於ては、給与統制令の実施に伴ひ、民間事業役員に対する現金給与支給額を1ヶ月400円相当額、職員250円相当額に限定し、超過額は銀行預金又は送金を行はしむる等、極力民間消費の抑制に努めつつあり。
(ホ) 公債保有の抑制
泰国に於ては曩(さき)に所持人の選択に依り通貨または金を以て償還せらるる、所謂金公債を発行したる外、四分半利附公債を発行する等の方法に依り公債消化に努めたるも、資金蓄積の殆んど見るべきものなき同国に於ては其の応募成績も思はしからず、今後漸増の予想せらるる公債の消化対策旁(かたわら)、本年9月銀行その他金融機関の公債保有割合を法律に依り強制することとなれり。
(2) 物資面よりの対策
(イ) 配給制度ならびに公定価格制度
南方地域に於ては、一般物価の全面的抑制は現在の機構に於ては実行困難とされ、差当り生活必需物資、例えば食料品(米穀・食塩・砂糖・食用油・代用食料品)繊維製品・燐寸・紙類・石鹸・煙草等に付き配給制度ならびに公定価格制度を実施しつつあり。
また、現地間相互交流物資については原価に拘泥することなく払下地に於ける適正価格を基準として之を決定し居れり。
現地当局は生活必需物資の生産工場等に対しては生産資材の優先的配給その他生産計画遂行に必要なる措置を講ずるは勿論、配給機構の整備を行ひ、他方、生活必需物資の思惑的退蔵を防止する為、物資供出の促進策を講ずると共に、必要に応じ強制力を行使し、悪質なる者に対しては厳罰主義を以て臨むこととする等、現地の実状に応じ適切なる措置を考究しつつあり。
(ロ) 軽工業振興
南方地域に於て、物資自給力の確保増強を図ることを以て基本方策とする南方建設の現段階に在りては、物資の生産及び蒐荷の促進はインフレ対策としてのみならず現地民の生活安定の為必要にして、地下資源・農林資源に富む各地域に軽工業の振興を企図することは極めて適切とされ、之は現に着々進捗しつつあり、
現在其の発展を見つつある軽工業の種類は製紙・ゴム・硝子・燐寸・石鹸・椰子油・文房具・電球・製材・製革・食料品その他頗る多岐に亘り、戦前に於て工業の殆んど皆無に等しかりし海軍地区に於ても搾油・煉瓦・セメント・製材・燐寸・酒・帆布・皮革その他の雑工業は既に自給の域に達し、目下整備の進められつつある火力発電所の完成の暁には其の工業化は更に一段の躍進を見るものと期待せられ居れり。
(五) 結語
これを要するに、通貨膨張ならびに物価高に現はれたる南方インフレの現状は相当顕著なるものありと思考せらるるが、之が本邦に対する影響の波及は既述の如く大体に於て防止策が講ぜられ居り、また物価高についても其の内容に立入り仔細に検討すれば、南方諸地域は概して農業国にして各種農産物の自給は大体可能と観られ、殊に主要食料品については価格統制策も効果的に行はれ、最低限度の生活確保は困難にはあらざるものの如く、ただ一部内地人ならびに少数外国人の日用品ならびに従前主として輸入に俟ちたる諸雑品等は顕著なる昂騰振りを示し居れるも、南方地域在住者の大部分を占むる原住民の生活は目下のところ之がため特に憂慮すべき状態に在るものとは思考されず。
ただ南方地域に於ける通貨の増発は今後作戦の進行、産業開発の進展に伴ひ一段と激化すべきことが予見せらるるが、此の場合過度のインフレは開発蒐荷ならびに民生安定に重大なる影響を及ぼすに至るべく、また泰仏印は勿論、新に独立せるビルマ・比島等に於ける本邦側の軍費ならびに輸入資金の調達に当り困難なる政治問題を伴ふ惧(おそれ)多分にあるを以て、その対策には充分慎重を期する要あるべし。
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